アメリカ人事、静かに、しかし確実に転換点を迎えている=ルーカス委員長のビデオより
先日、EEOC(米国雇用機会均等委員会)のアンドレア・ルーカス委員長が、LinkedInとX(旧Twitter)に自ら動画を投稿し、労働者に対して次のように呼びかけました。
https://x.com/USEEOC/status/2099494113666027777?s=20
「英語を話すことや、あまりにもアメリカ的であることを理由に、職場でハラスメントを受けたことはありますか」
「あなたは解雇され、自分の代わりに採用されたH-1Bビザなど就労ビザ保有者を教育するよう指示されたことはありませんか」
このニュースを目にしたとき、私は「ついにここまで来たか」という感覚を持ちました。20年以上、日系企業のアメリカでのHR・保険業務に携わってきた者として、今のアメリカの雇用機会均等の枠組みは、私たちが慣れ親しんできた前提から大きく舵を切りつつあると感じています。今日は、その背景と、日系企業として何を注意すべきかを整理してみたいと思います。
1964年公民権法から60年、EEOCの役割が変わりつつある
アメリカの雇用差別禁止の歴史を振り返ると、出発点は1964年公民権法第七編(Title VII)です。人種、肌の色、宗教、性別、出身国(national origin)を理由とする雇用差別を禁止し、これを執行する機関としてEEOCが設立されました。
その2年後の1966年からは、一定規模以上の企業に従業員の人種・性別構成を報告させるEEO-1リポートの提出が始まりました。以来60年、EEOCの実務上の重点は、歴史的に不利益を受けてきたマイノリティや女性の保護、そして企業に自主的な是正措置(Affirmative Action)を促すことに置かれてきました。私たち日系企業も、採用や昇進の場面でこの枠組みを前提に、社内規程や研修を組み立ててきたはずです。
しかし、この数年でその前提が大きく揺らいでいます。
Affirmative Actionの廃止、DEI関連訴訟、そして「反米バイアス」
2025年1月、トランプ政権は連邦契約業者に対するAffirmative Action(積極的差別是正措置)を義務付けてきた大統領令11246号を撤回しました。1965年にジョンソン大統領が署名して以来、60年近く連邦契約業者の人事慣行の土台となってきた枠組みが消えたことになります。
同時に、DEI(多様性・公平性・包摂性)の取り組みそのものが、逆に「白人男性や、いわゆるマジョリティに対する逆差別ではないか」という観点から次々と提訴の対象になっています。EEOCも2025年から、白人男性に対して職場での差別を通報するよう呼びかける動画を出すなど、方向性を明確に転換してきました。
そして今回、2026年9月14日に公開されたのが、冒頭の「反米バイアス」を通報するよう呼びかける動画です。ルーカス委員長は、外国資本・外国系の経営が多い企業について、「非アメリカ人を主に採用・昇進させていないか」「町の工場が急に地元住民の採用をやめ、外国人労働者ばかりを雇うようになっていないか」といった、かなり踏み込んだ問いかけをしています。
参考記事:HR Dive「EEOC solicits anti-American bias charges」 https://www.hrdive.com/news/EEOC-Lucas-anti-American-bias/830317/
EEOCルーカス委員長のLinkedInアカウント https://www.linkedin.com/in/andrea-lucas-a5b27513/
※動画はルーカス委員長ご本人のLinkedInおよびX公式アカウントから2026年9月14日に投稿されたもので、投稿そのものへの直接リンクは確認できておらず、上記アカウント経由でのご確認をお願いします。
保護されるグループの概念は維持されるのか?
ここで一つ、多くの方が疑問に思うであろう点を整理しておきたいと思います。「保護されるグループ(protected class)という概念自体は、これからも維持されるのか」という点です。
Title VIIの条文自体は、1964年の制定以来一度も変わっていません。人種、肌の色、宗教、性別、出身国(national origin)を理由とする差別を禁止するという文言は、当初からマイノリティだけでなく、あらゆる個人を対象にしています。しかし実務上・判例上は長年、マジョリティ側(例えば白人や男性)が差別を訴える、いわゆる「reverse discrimination(逆差別)」の主張には、通常より重い立証責任――「その雇用主が異例なほどマジョリティを差別する体質を持っていることを示す背景事情(background circumstances)」を追加で示す必要がある、という判例上のハードルが多くの巡回区で課されてきました。同じ条文でありながら、実際には「保護に値するグループ」と「そうでないグループ」を区別する運用がなされてきたわけです。
この構図が2025年6月、連邦最高裁のAmes対オハイオ州青少年局事件判決によって覆されました。最高裁は全員一致で、Title VIIは「その個人がマイノリティに属するかマジョリティに属するかを問わず、すべての『個人』に同一の保護を与えている」と明言し、マジョリティ側にのみ追加の立証を求めてきたbackground circumstancesの要件を否定しました。ルーカスEEOC委員長はこの判決を歓迎する声明の中で、「『逆』差別という概念そのものが消えた。保護された特性を理由にした差別は、誰が行い、誰が影響を受けようと、単なる差別に過ぎない」と述べています。
つまり答えは、「保護されるグループという概念(人種・性別・出身国などのカテゴリーそのもの)は維持されるが、『マイノリティだから手厚く、マジョリティだから立証のハードルが高い』という運用上の色分けは撤廃された」ということではないでしょうか。今回の「反米バイアス」摘発強化も、この文脈で理解する必要があります。「アメリカ人」という属性を新たに特別扱いして保護しているのではなく、出身国を理由とする差別という既存のカテゴリーを、アメリカ人にも他の国籍の人にもまったく同じ基準で適用しているだけ、というのがEEOCの立場です。
日系企業にとっては、この理解が実務上とても重要です。「アメリカ人従業員は保護対象のマイノリティではないから、多少の差は問題にならないだろう」という感覚は、もはや通用しません。駐在員か現地採用かを問わず、どの国籍の従業員であっても同じ立証のしやすさで差別を主張できる時代になった、という前提で人事制度を点検する必要があります。
(参考:Ames v. Ohio Department of Youth Services最高裁判決についてのEEOC公式声明 https://www.eeoc.gov/wysk/statement-eeoc-acting-chair-andrea-lucas-celebrating-supreme-courts-unanimous-ruling-ames )
日系企業にとって他人事ではない ― グアムのリゾート事案
ここで日系企業の経営者・人事担当の皆さんに、ぜひ知っておいていただきたい実例があります。
グアムの大手リゾート施設を運営するLeoPalace Guam Corporationが、EEOCから提訴され、2025年2月に141万2,500ドルの和解金を支払うことで決着した事案です。EEOCの主張は、2015年以降、同社が日本出身の従業員を、同等またはそれ以下のポジションの非日本人(アメリカ人を含む)従業員よりも有利な賃金・福利厚生・労働条件で処遇していた、というものでした。和解には和解金の支払いに加え、外部のEEOモニターの設置、研修と規程の見直し、希望する元従業員の復職機会の提供、3年間にわたる裁判所の管轄下での定期監査といった、かなり重い是正措置が含まれています。
(参考:EEOC公式発表
この事案が象徴しているのは、「駐在員を厚遇し、現地採用のアメリカ人スタッフとの間に待遇差を設ける」という、日系企業では長らく当たり前のように行われてきた人事慣行そのものが、まさにEEOCが今、標的にしている「非アメリカ人優遇」の典型例として扱われうる、という現実です。駐在員手当、住宅手当、帰国旅費といった処遇は、単身赴任や本国からの異動という事情を踏まえた合理的な制度である一方、それが「同じ仕事をしているのに、日本出身かどうかで給与や昇進のスピードが違う」という形で表面化すれば、Title VII上のnational origin discriminationとして問われるリスクがあります。
私たち日系企業は何をすべきか
今回の一連の動きを踏まえ、私は次の3点を、クライアントの皆さまにもお伝えしています。
第一に、駐在員と現地採用者の処遇差について、その根拠を今一度言語化しておくことです。「駐在員だから」ではなく、「本国からの転勤に伴う住居移転コストの補填」「本国給与体系との調整」など、職務内容や状況の違いに基づく合理的な説明ができるようにしておく必要があります。
第二に、採用・昇進のプロセスにおいて、出身国や国籍を理由にした事実上の選別が行われていないか、点検することです。特に日本語能力を応募要件にする場合、その業務上の必要性を明確にしておくことが重要になります。
第三に、社内のコミュニケーションのあり方です。「日本語だけで会議を進める」「日本人同士だけのグループチャットで重要な業務連絡をする」といった慣行が、非日本人スタッフを疎外していると受け取られれば、今回ルーカス委員長が動画で名指しした「反米バイアス」の典型例そのものに当てはまってしまいます。
おわりに
1964年のTitle VIIから始まったアメリカの雇用機会均等の枠組みは、60年かけてマイノリティ保護を軸に発展してきましたが、ここへ来て振り子が大きく逆に振れています。DEIそのものが訴訟リスクとなり、Affirmative Actionは撤廃され、今度は「反米バイアス」が新たな摘発の重点分野になった。これはアメリカのHR・人事労務にとって、まさに大きな転換点だと私は感じています。
日系企業にとって特に注意すべきは、こうした流れの矛先が、私たちが長年当たり前としてきた駐在員優遇の慣行そのものに向きうるという点です。グアムの事案は決して対岸の火事ではありません。この機会に、御社の人事制度を今一度見直してみてはいかがでしょうか。
写真の出所
https://unsplash.com/ja/@cristina_glebova
山口 憲和 Norikazu (Kazu) Yamaguchi, MBA, SHRM-SCP
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