2026年9月8日火曜日

アメリカ人事|報酬がもらえるからやる という人は要らない。

 アメリカ人事|報酬がもらえるからやる という人は要らない。

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評価制度を見直したい、報酬テーブルを作り直したい——クライアント企業からこうしたご相談をいただくたびに、私はいつも一つ質問を返すようにしています。

「その制度は、社員に“やる気”を出させるためのものですか? 
それとも、もともとやる気のある社員が、
不公平だと感じずに働き続けるためのものですか?」

この二つは、似ているようでまったく別の話です。

そして多くの会社は、前者を期待して評価・報酬制度を設計し、
後者の役割しか果たせない制度に予算と時間を使い続けています。

評価と報酬を精緻にするほど、なぜか人は動かなくなる

複雑な評価シートを作り、KPIを細分化し、達成度に応じてボーナスを何段階にも分ける——真面目な会社ほど、こうした制度を丁寧に作り込みます。ところが現場で起きるのは、社員が「評価される項目だけ」を頑張り、評価されない部分は手を抜くという現象です。心理学ではこれを「アンダーマイニング効果」と呼びます。

ただし、これはすべての成果連動報酬に一律に起きるわけではありません。デシ、ケストナー、ライアンによる128件の実験を対象にしたメタ分析では、報酬が「統制されている」と感じられる場合——活動への参加そのものへの見返りや、行動を続けさせるための誘導として提示される場合——に内発的動機が下がりやすい一方、能力や成果を認める情報として受け取られるフィードバックは、むしろ意欲を支えることが示されています。つまり重要なのは報酬の有無そのものではなく、本人がそれを「統制」と感じるか「承認」と感じるかです。もともと興味を持って取り組んでいた仕事に、統制的に感じられる成果連動報酬を後付けすると、本人が活動の理由を「仕事そのもの」から「報酬を得るため」へと捉え直し、意欲が弱まってしまう場合がある、というのがより正確な理解です。

報酬制度は、社員のやる気を「作る」ためのものではなく、すでにあるやる気を「削がない」ためのもの——まずこの前提に立たないと、設計そのものが的外れになります。


フロー理論が教えてくれること:「その仕事自体」に没頭できるか

心理学者チクセントミハイが提唱した「フロー」という概念があります。行為の結果(お金、評価、他人からの称賛)のためではなく、その行為をしている過程そのものから満足感を得て没頭している状態のことです。彼はこれを「自己目的的体験(オートテリック・エクスペリエンス)」と呼びました。

登山家が山頂に立つことより岩を登る動作そのものに歓びを感じ、演奏家が拍手より音を奏でる瞬間に没入する。フロー研究では、明確な目標・即時のフィードバック・挑戦とスキルの適切な釣り合いは、フローそのものではなく、フローを生じさせやすくする「条件」として扱われます。強い集中、行為と意識の融合、自己意識の低下、時間感覚の変化といった「経験そのもの」とは区別される、という点は押さえておく必要があります。

しかも、この条件が揃えば必ず没頭できるわけではありません。仕事の目的に納得していない、裁量がない、周囲との関係がぎくしゃくしている、疲労や不安が強いといった状況では、同じ条件が揃っていてもフローは生まれにくくなります。フローが起きやすい仕事には、本人の技能に対して適度に難しい課題、明確な目標、進捗や成果がわかるフィードバック、そして一定の裁量がある——これらは外的報酬の代わりになるというより、活動そのものへの集中と内発的な関与を支える「仕事の条件」だと理解するのが正確です。

つまり人事の本当の仕事は、「頑張らせる評価制度を作ること」ではなく、「頑張らずにいられない仕事の条件を整えること」なのではないか、というのが今回の問いです。


Netflixが変動報酬を「あえて」設計しない理由

この話をするとき、私がよく引き合いに出すのがNetflixです。同社は業績連動のボーナスやインセンティブ制度を採用していません。代わりに、その人の市場価値の最高水準に相当する固定給を支払う「パーソナル・トップ・オブ・マーケット」という考え方を公式に掲げています。

ヘイスティングスは、業績連動賞与よりも高い固定給与を重視する理由として、年初に立てた目標が年末には的外れになっていることがある点、目標達成に意識が向きすぎて会社の今のニーズを見失うリスク、追加報酬が不確実であること自体が創造性を損なうことなどを挙げています。特に創造的な職務では、細かな成果指標だけでは仕事の質を十分に測れない、という考え方です。

Netflixの文化では、期待される成果に届かない社員には、改善計画よりも十分な退職パッケージを用意して早期に組織を離れてもらう、という考え方が知られています。優秀な人材を高密度で揃える「タレント・デンシティ」を重視するからこそ、細かなボーナスで行動を誘導する必要が薄れる、という順序です。

ただし、Netflixが「報酬が多くもらえるから働くタイプの人は採用しない」という基準を公式に掲げているわけではありません。より正確に言えば、短期的な追加報酬がなければ高い成果を出さない人を前提に組織を設計せず、自律的に高い成果を目指せる人を採用したうえで経済的な不安を取り除く固定給与を支払い、業績賞与による短期的な行動誘導は避けている、ということです。

 

では、評価・報酬制度はもう要らないのか

ここで誤解してほしくないのは、「評価も報酬も撤廃すればいい」という話ではないということです。報酬や評価には、職務設計だけでは代替できない役割があります。

同じ貢献をしているのに給与が変わらなければ、それ自体が不公平感を生み、意欲を削ぎます。市場水準から外れた処遇を続ければ、フローを感じていた優秀な社員ほど先に辞めていきます。最低限の説明責任やコンプライアンス上、評価の記録が必要な場面も、アメリカで複数州にまたがって事業をしている日系企業には特に多くあります。

給与は、不足すれば不満や離職を生み、不公平であれば意欲を削ぎます。同時に、高い水準の報酬が承認や達成感として機能したり、採用競争力そのものになったりする面も持っています。だからこそ、評価・報酬は「短期的に人を動かす主な動機づけ装置」としてではなく、まず公平性・市場競争力・生活の安定・貢献の承認を担保する、主として衛生要因としての基盤に位置づけ直す。そのうえで、実際に仕事への関与を支えるエンジンは、自律性・習熟・意味づけ・適切な挑戦・即時のフィードバックを組み込んだ「仕事そのものの設計」に置く——これが現実的な役割分担だと私は考えています。

中小規模の日系企業の現場でできること

Netflixのような大企業でなくても、この考え方は応用できます。

  • 年1回の評価面談だけに頼らず、日常の中で小さな達成にすぐフィードバックを返す仕組みを作る(フローには「即時性」が不可欠です)
  • 業務のやり方や進め方に、本人なりの裁量の余地を残す(すべてを手順書とチェックリストで縛らない)
  • 「この仕事が誰の役に立っているか」を、数字の目標より先に伝える
  • 採用面接で、報酬水準の話より先に「何にやりがいを感じるか」を確認する
  • 評価制度は、モチベーションを作る道具ではなく、公平性を守るための最低限の仕組みとして設計し直す
  • 評価と報酬を、ひとつの制度に詰め込みすぎない

最後の点は特に見落とされがちです。評価と報酬をひとつの仕組みに全部背負わせようとすると、かえって制度が複雑になり、フィードバックまでもが「統制」として受け取られやすくなります。次のように役割を分けると、制度全体が安定します。

仕組み

主な目的

給与テーブル

市場水準と社内の公平性

職務・役割定義

期待される責任と裁量の明確化

目標設定

方向づけと優先順位

1on1

学習、障害の除去、フィードバック

評価

昇給・昇進・配置の判断材料

賞与

会社・チーム・個人の成果配分

表彰・承認

貢献の可視化と意味づけ

特に、日常的なフィードバックを、その場で給与や賞与にすぐ結びつけないことが重要です。「良い仕事をした」即座に賞与額が変わる、という構造にすると、フィードバックが承認ではなく統制として受け取られやすくなります。むしろ「良い仕事だった、何がうまくいったか一緒に確認しよう」「次はどんな挑戦をしてみたいか」という対話のほうが、習熟・意味づけ・自律性を支えます。

 

 

まとめ:報酬で動く人を採らない、という選択

評価制度や報酬テーブルをどれだけ精密に作り込んでも、仕事そのものがつまらなければ、人は「評価される分だけ」しか動きません。逆に、挑戦とスキルが釣り合い、意味が見え、フィードバックがすぐ返ってくる仕事であれば、報酬はその人を引き留める土台であって、動かす原動力である必要はなくなります。

「報酬がもらえるからやる」人を評価制度で管理しようとするのではなく、そもそもそういう人を採らずに済む仕事と組織を作れているか。今、評価制度の見直しを考えている経営者の方には、ぜひこの順番で問い直してみていただきたいと思います。

出典・参考文献

  • Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). A Meta-Analytic Review of Experiments Examining the Effects of Extrinsic Rewards on Intrinsic Motivation. Psychological Bulletin, 125(6), 627-668. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10589297/

 

 

 

 

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