2026年10月23日金曜日

アメリカ人事|日本のジョブ型効果無し、という調査に意味があるか?

 アメリカ人事|日本のジョブ型効果無し、という調査に意味があるか?

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山口憲和(SHRM-SCP, MBA)
Philosophy, LLC

先日、日本経済新聞で「ジョブ型導入、明確な効果『実感できず』5割」という記事が報じられた。

この記事のもとになったのは、日経ビジネスとリクルートマネジメントソリューションズ(以下、リクルートMS)が共同で行った「ジョブ型人事制度の運用実態調査」である。2026年7月、従業員300名以上の企業の人事担当者636人が回答した。注目すべきは、職務・役割型の等級制度を「一部でも」導入している企業を「ジョブ型」と定義している点だ。

この記事を読んで、私はひとつの疑問を持った。そもそもジョブ型とは、企業が「効果」を期待して導入するものなのだろうか。

この疑問を、友人Aにぶつけてみた。Aは私の考えに頷きながらも、いくつか鋭い異論を返してきた。以下は、その議論の記録である。

■ まず、調査は何を聞いたのか

山口:
最初に、調査の中身を確認しておきたい。導入目的として最も多かったのは「成果による処遇のメリハリ」で53.9%。次いで「年功的な賃金からの脱却」が45.4%、「採用力強化」が42.1%だった。

友人A:
成果実感はどうだったのか。

山口:
リクルートMSの発表では、各目的で約半数の企業が成果を実感している一方、約2割は実感できていない。日経の「5割が実感できず」という見出しは、「どちらともいえない」と答えた中間層も含めた数字と読める。同じ調査でも、見出しの付け方で印象はかなり変わる。

友人A:
「約2割が失敗」と「半分がうまくいっていない」では、ずいぶん違うね。

山口:
他にも興味深い結果がある。実施施策の数が7つ以上の企業では、成果を実感している企業が約7割に達した。逆に、施策が0〜1つの企業では、「キャリア自律の促進」で否定的な回答が肯定を上回った。運用の最大の壁は「人事部の人員不足」が34.3%、「管理職の知識・能力不足」が29.4%だった。そして、職務記述書を実施している企業の約3割が、廃止を考えているという。

■ 論点1:ジョブ型は「効果」を期待するものか

山口:
アメリカでは、多くの州でPay Transparency(賃金透明性)法が導入されている。同じジョブであれば報酬レンジを公開し、差別をしてはいけない。これが骨格の考え方だ。つまりジョブ型は、効果を期待して導入するものというより、差別を無くすための土台ではないか。

友人A:
基本的には賛成だ。ただ、いくつか整理させてほしい。まず数字だ。州法として施行されているのは、2026年8月時点で16州とワシントンD.C.だ。デラウェア州が2027年9月に施行予定なので、成立済みで数えても17州とD.C.になる。市などの自治体条例を含めると、全米で27の法域になる。

もうひとつ。「同じ仕事なら同じ賃金」という骨格は、Pay Transparency法よりずっと前からある。1963年の連邦Equal Pay Act(同一賃金法)と、1964年の公民権法第7編だ。Pay Transparency法は、その原則を「見える化」して守らせるための道具だ。

山口:
その通りだ。そして、だからこそアメリカの企業は職務記述書を作る。効果を期待しているからではない。賃金の差を「職務が違うから」と説明できなければ、訴訟で負けるからだ。Fair Labor Standards Act(公正労働基準法)の残業対象外(Exempt)区分の根拠も、Americans with Disabilities Act(障害を持つアメリカ人法)の「本質的職務」の特定も、すべて職務の定義が前提になる。

だから、日本で職務記述書の廃止を考える企業が約3割あると聞くと、私は驚く。アメリカでは、職務記述書をやめるという選択肢はほぼない。

友人A:
アメリカでは、ジョブ型は「導入する制度」ではなく、訴訟リスクの中で企業が生きのびるための「前提条件」ということだね。ここまでは全面的に同意する。

■ 論点2:ジョブ型の導入目的とは何なのか

山口:
ここで改めて問いたい。日本企業は、何のためにジョブ型を導入しているのか。調査の目的を見ると、処遇のメリハリ、年功賃金からの脱却、採用力強化。どれも「業績や報酬を改革する道具」としての目的だ。「公正な処遇」や「差別の防止」に当たる目的は、上位に出てこない。

友人A:
選択肢の中には「グローバルでの人事制度の統一」もあった。これは18.9%で、他の目的が約4割前後なのに比べると、際立って低い。

山口:
私はそこにも疑問がある。グローバルで制度を統一して、どのような意味があるのか。社内の公平性だろうか。しかし、社内で公平をとっても、各国の事業に合わせなければ人材が成果を発揮できないとしたら、それは企業の目的と本末転倒ではないか。

アメリカで事業をするなら、アメリカの労働市場の相場で人を採らなければならない。各州の法律も守らなければならない。日本本社と同じ等級、同じ評価、同じ給与テーブルをそのまま当てはめたら、優秀な人材は採れないし、残らない。

友人A:
その懸念はよく分かる。ただ、ここは異論を言わせてほしい。「グローバルで統一する」というのは、給与を世界で同じにするという意味ではない。君はマーサーにいたから知っていると思うが、グローバル企業が統一するのは、多くの場合「職務等級の物差し」だ。どの国のどのポジションが、どの重さの仕事なのか。その共通言語を作る。

山口:
物差しは統一するが、給与の水準は各国の市場で決める、ということだね。

友人A:
そうだ。報酬設計には、社内公平性(Internal Equity)と外部競争力(External Competitiveness)という2つの軸がある。物差しを統一するのは、社内公平性のためだ。給与水準を各国の市場に合わせるのは、外部競争力のためだ。この2つは対立するものではなく、組み合わせるものだ。

物差しが統一されていれば、国をまたいだ異動や後継者の選定、海外拠点の幹部の処遇が説明しやすくなる。日本から駐在員を送るときも、現地社員と比べて「この人はどの重さの仕事をしているのか」が明確になる。

山口:
それは理屈としては正しい。しかし、現実の日系企業ではどうか。私が見てきた在米日系企業の多くは、物差しの統一ではなく、本社の格付けをそのまま持ち込んでいる。「本社で課長だから、アメリカでも課長待遇」という発想だ。そうなると、現地社員から見れば、職務ではなく「本社の身分」で処遇が決まっていることになる。それこそ、アメリカの同一賃金の考え方とぶつかる。

もうひとつ、数字で見える問題がある。パソナさんの在米日系企業の給与調査結果を経年で拝見していると、同じ職務、たとえばアカウンティングマネジャーの報酬平均を日系企業と米系企業で比べた場合、日系企業の方が25%程度低いという結果が出ている。

友人A:
25%は大きいね。

山口:
しかも皮肉なことがある。在米日系企業は、日本語と英語のバイリンガルを採用する傾向が強い。本来なら、バイリンガルは追加のスキルだ。ところが日系企業に入ると、報酬が低くなる。スキルがあるのに報酬が下がる、という逆転が起きているのだ。

友人A:
職務で処遇を決めるなら、同じアカウンティングマネジャーに、バイリンガルという付加価値まで求めているのだから、報酬は高くなるはずだ。それが低くなるということは、職務ではなく「日系企業の物差し」で給与が決まっているということになる。

山口:
その通りだ。日本本社の給与水準や格付けを基準にしているから、アメリカの市場から取り残される。そして、Pay Transparency法で求人票に賃金レンジが載るようになれば、この差は求職者からはっきり見えるようになる。優秀なバイリンガル人材ほど、米系企業を選ぶだろう。

友人A:
社内では公平でも、市場から見れば不公平。まさに君の言う本末転倒だね。統一すべきは物差しであって、本社の身分制度ではない。

山口:
つまり、目的が曖昧なまま「グローバル統一」を掲げると、社内公平性の名のもとに、現地で成果を出す力を削ってしまう。それなら18.9%という低い数字は、むしろ健全なのかもしれない。

友人A:
皮肉な見方だが、一理ある。

■ 論点3:日本の文化・慣習の壁

山口:
もうひとつ大きな問題がある。企業はジョブ型で人材の流動性を期待していたのかもしれない。しかし日本には、先輩・後輩・同期という年齢をベースにした考え方がある。そして、新卒一括採用、年功序列、終身雇用、企業内組合という、ジョブ型と相容れない文化・習慣も残っている。一部分だけジョブ型を導入しても、文化や慣習が変わるわけではない。だから効果が見込めないのではないか。

友人A:
それも筋が通っている。経済学には「制度的補完性」という考え方がある。新卒一括採用、年功序列、終身雇用、企業内組合は、バラバラの制度ではなく、お互いを支え合うひとつのセットだ。職務ではなく「人」を採るから、年功で処遇する。長く勤めるほど得をするから、転職しない。社内で配置転換するから、組合も企業単位になる。このセットの一部だけを入れ替えても、周りの制度が元に戻そうとする力が働く。

山口:
まさにそれだ。職務記述書を作っても、新卒で採った社員を定期異動させれば、職務はすぐに変わってしまう。職務記述書の廃止を考える企業が約3割あるのも、異動のたびに書き直すのが現実に合わないからではないか。また、退職勧奨を実施している企業は1割未満だった。職務がなくなっても雇用は守る。これは終身雇用の前提がそのまま残っていることを示している。

■ 友人Aの異論

友人A:
ただ、ここからは異論がある。2点ある。

1点目。「部分導入だから効果が出ない」とは限らない。調査では、職能・職務・役割の等級軸を2つ、3つと組み合わせている企業の方が、1つだけの企業より成果実感が高かった。管理職や専門職は職務で、それ以外は役割や職能で、という「ハイブリッド型」だ。問題は「部分導入」そのものではなく、「どの部分に入れたか」ではないか。

山口:
確かに、専門職の採用では市場価格を無視できない。そこは認める。

友人A:
2点目。文化は変えられない前提のように話しているが、文化は制度の結果でもある。先輩・後輩・同期という感覚は、日本人の性質というより、新卒一括採用と年功序列が何十年も続いた結果として強化されてきた面がある。制度が変われば、文化もゆっくり変わる。導入から数年の調査で「効果を実感できない」となるのは、ある意味当然だ。

山口:
しかし、その「ゆっくり」が問題なのだ。日本企業は、短期間で効果を求めてジョブ型を導入している。時間軸が合っていない。そして、変わるのを待っている間に、旧来の制度が新しい制度を飲み込んでしまう。

友人A:
その点は同意する。調査でも、施策をたくさん組み合わせた企業ほど成果が出ている。制度を一つ入れて待つのではなく、運用を積み重ねた企業だけが成果を得ている。だから私の結論はこうだ。ジョブ型が無意味なのではない。「何のために導入するのか」という目的と、「いつまでに」という時間軸の設定がずれているのだ。

■ 論点4:では、この調査に意味はあるのか

山口:
私はこう考える。アメリカでは、効果を問う以前に、法律がジョブ型を求めている。同一賃金法、Pay Transparency法、公正労働基準法、障害を持つアメリカ人法。これらがジョブ型を前提として企業に義務を課している。日本には、今のところそうした外圧がない。だから「効果があるかどうか」で導入の是非が議論されてしまう。

友人A:
つまり、調査が問うている問いそのものが、アメリカから見るとずれている、ということだね。

山口:
そうだ。「効果を実感できない」という調査結果は、ジョブ型の失敗を示しているのではない。日本企業がジョブ型を「業績を上げる道具」として捉えている、ということを示しているにすぎない。その意味では、この調査には意味がある。ただし、ジョブ型の評価としてではなく、日本企業がジョブ型を導入する「目的」を映す鏡として、である。

友人A:
一つだけ付け加えさせてほしい。日本でも、ジョブ型を「公正な処遇の土台」として位置付け直せば、評価は変わるかもしれない。同一労働同一賃金や女性活躍の議論は、まさにその入口だ。

山口:
その通りだ。そこにこそ、日本のジョブ型の本当の意味があるのではないか。

■ 在米日系企業の皆様へ

在米日系企業にとって、「ジョブ型にするかどうか」は選択肢ではない。

日本本社の職能的な発想、たとえば「何でもやってくれる人」や「本社の格付けで給与を決める」という考え方をそのまま持ち込むと、同一賃金、求人票の賃金レンジ記載、残業対象外区分のすべてで訴訟リスクになる。

グローバルで制度を統一するなら、統一すべきは「職務の重さを測る物差し」であって、本社の身分制度ではない。給与の水準は、アメリカの、そして各州の市場と法律に合わせる必要がある。

同じ職務で米系企業より25%程度低い報酬、そしてバイリンガルというスキルがあるほど報酬が低くなるという皮肉。これは、職務ではなく本社の物差しで処遇を決めてきた結果である。賃金レンジが公開される時代に、この差を放置すれば、優秀な人材から順に去っていく。社内公平性のために現地で成果を出す力を削ってしまっては、本末転倒である。

アメリカにおいて、ジョブ型は効果のためではなく、防御のための前提である。訴訟大国アメリカを生きのびるために、まず職務を定義することから始めていただきたい。

参考資料

ジョブ型導入企業に独自調査、人事担当者636人が回答 明確な効果、5割「実感できず」(日経ビジネス)
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/special/02613/

 

「ジョブ型人事制度の運用実態調査」の分析結果を発表(リクルートマネジメントソリューションズ/PR TIMES)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000196.000029286.html

 

ジョブ型人事制度で成果が出ない理由 運用阻む管理職の知識不足(Forbes JAPAN)
https://forbesjapan.com/articles/detail/103899

 

ジョブ型を導入しても、なぜ会社は変わらないのか――人事制度改革に欠ける「補完性」の視点(碇邦生/日経COMEMO)
https://comemo.nikkei.com/n/n371a141e73b5

 

Pasona N A, Inc.(在米日系企業 現地採用社員の給与調査)
https://www.pasona.com/

 

Show and Tell: New State Salary Disclosure Laws Go into Effect(National Law Review)
https://natlawreview.com/article/show-and-tell-new-state-salary-disclosure-laws-go-effect

 

US Pay transparency laws by state and locality(Brightmine)
https://www.brightmine.com/us/resources/charts/u-s-pay-transparency-laws-by-state-and-locality/

 

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